いろいろなアイディアが Web 上のサービスとして出てくるのを見ると、それを生んでいるのは才能とデータベースとインターフェースの掛け算であるような気がしてくる。
コレまではサービスをデータベースとインターフェースに分けるようにしてきたが、それが形になるまでには、何らかの才能が介在しなければならないわけで、どんな才能が関わるかによって、最終的なかたちが大きく変わる。
そして才能は世界に点在し、それぞれの持つデータベースをそれぞれの才能に沿ったインターフェースで社会に提供する。どこで素晴らしいものが生まれ、どうやって成長していくか、そのすべてを観測することは私たちには今のところできまい。
今朝そんなことを考えていたら、偶然こんなブログのエントリを見つけた。
どこで生まれどこで育つかが誰にもわからないのなら、たしかにそうやって生まれてきたものから取り合うという現象も生まれるだろう、つくらないひとの立場に回ったのなら。だからこそ、このエントリについたソーシャルブックマークのコメントが興味深い「僕はそのイスをつくる人になりたいんだ」。
ところで現実のしくみにもそういった側面があるだろう。才能と考えと実現手段が組み合わされると、現実にいろいろなものが生まれる。ビルが建ったり、法案が生まれたり、音楽が出来たり、戦争が起きたり、そういう動きの中に潜む乗算にも、こっそりと目を向けておきたい。
才能とは、その人がその人であり、自分が自分であることのような気がする。
関連記事



